マーラー音楽祭第2回となるデア・フェルネ・クラングの演奏会が終わりました。プログラムはシベリウスの交響曲第7番とマーラーの音詩「巨人」の2曲でした。

私が個人的にそれぞれの作曲家から感じることは、シベリウスは大自然の中に人の営み、生き方や哲学を見出し、それをできるだけ切り詰められた、凝縮させられた素材(モティーフ)の中に表現を閉じ込めるタイプ、一方でマーラーは個人的な感情を自然の中に投影させ、スコアという額縁からはみ出さんばかりにその表現を広げようとしているということです。それぞれ後期の作品、初期の作品という時期の違いももちろんありますが、描くもの、音楽に語らせる方法が真逆といっても良いくらい対極の二つの作品を並べられたのは、面白い試みだったのではないかと思います。

またマーラーでは通常の交響曲第1番ではなく、そこに辿り着く前の音詩「巨人」で演奏したのも、こだわりの一つでした。ハンブルク稿を選んだ理由は、既に演奏経験のある交響曲の形にどのように行き着いたのか、その過程をメンバーと共に勉強したい、それによって新たなマーラー像が垣間見られれば、また再度交響曲を演奏する際にこの経験がいかせられたら、という気持ちがありました。もう少し細かく言うと、タイトルの「巨人」の本質的な意味、後にカットされてしまった花の章が描いていたもの、そのオーケストレーション的前後関係、交響曲に純化される過程で消えてしまった直情的な情熱、溢れんばかりの想い、描写音楽と純音楽の間での葛藤などを再認識したく思っておりました。また我々がこの曲を書いた時のマーラーとほぼ同じ歳ゆえ、綺麗になり過ぎていないスコアに対して、より共感できることがあるのではないかという狙いもありました。

このハンブルク稿の後に大幅な手直しを加えているように、実際の演奏現場ではそのままの音符の状態では演奏実現が難しい部分もあったのですが、高いレベルのオーケストラの協力の元にアーティキュレーション、ボーイングなど、バランス以外は殆ど操作せずに演奏実現できたかと思います。演奏会では現行版である交響曲との違いを楽しんで頂けたというのであれば幸いです。

オーケストラメンバーは我が出身中高のオーケストラ部のOB(男子校ゆえ)と立命館大学のオーケストラ部のOBOGが合わさって成り立っていました。このコンビネーションは奇跡といっても過言ではなく、雰囲気の良さ、アンサンブルレベルの高さを生み出しました。コンサートマスターを努めて頂いた方は私の中高大の後輩だったのですが、本当に素晴らしく全体をリードし、演奏をまとめあげて下さいました。この素晴らしい団体に誘って下さった団長、優秀なコンサートマスター、いつも積極的でいきいきとした素敵なメンバーにこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

メンバーの皆さんはこの演奏会に充実感を持って頂けたようで、打ち上げでは2年後に第2回を開くことが約束されました。今から再会が楽しみです。